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2007年03月01日
家庭教育に思う
戦後の復興が進につれて、所得倍増計画(田中総理)という政策も功奏して、庶民の生活にもゆとりが出てくると、子供に対して個室を与えようという気運が高まってきました。.
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今思うと、これは米国の策略だったかもしれないと思うのだが、人権尊重(プライバシー尊重)の考え方を強力に押しつけてきました。
それに教育界が乗せられ、子供にもプライバシーが必要だと声高に言いだしました。1970年頃からの新築は殆どの家に子供部屋が設けられ、リフォームも盛んに行われ子供部屋の増築が大流行した。
ただ残念なのは、この頃から個室を与ええれば自立心が育つという風潮が蔓延し、弧室を創ってしまったことです。日本の伝統的な民家の間取りである田の字型が軽視され、住宅の間取りの考え方から完全に葬り去られてしまい、現在まで来てしまいました。田の字型の家では確かにプライバシーは保てませんが、その分だけ、家族が互いに気遣ったり、遠慮し合ったりして、人間として最も大切な相手を思いやる心が自然に育まれていたのだと思います。
世界中どの国の住宅を観ても、家族が集う家族空間が家の中心にあり、自然に家族が触れ合えるように出来ています。
その様な家で暮らす、諸外国の家族は絆が非常に強く結ばれているように思います。
そういう視点で見ると我が国はどうでしょう。
殆どの家の間取りは家族が関わり合いを持たなくても生活できてしまうように出来ていないでしょうか? リビングはあっても居るのは奥様だけ、食事はバラバラ、玄関から直接弧室に出入り出来てしまうので、子供が帰って来たことも外出したことも親は知らない、挙げ句の果ては2階の音が聞こえないように防音床にしたいという始末。
まるで下宿屋のような家で、家族が互いに無関心で関わり合いを避けようとしている様に見えます。
好き勝手に生活する家族、子供の躾や家庭教育を放棄して学校に丸投げの家族、これって家族といえるのでしょうか?。
我が国の家は根本的に、間取りの取り方から変えないと家庭教育が出来ない家になっていると思っています。
投稿者 小井土 : 2007年03月01日 07:00
カテゴリー:[ 私の世相感 ]
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